「もったいない」。この言葉は物を大切にし無駄を嫌う日本の美しい美徳を象徴する言葉です。しかしこの素晴らしい精神も度を越してしまうと家を物で溢れさせやがてはゴミ屋敷へと至らしめる危険な「思考の罠」へと変貌してしまいます。ゴミ屋敷化の静かでしかし確実な前兆の一つ。それがこの「もったいない」という言葉の呪縛なのです。では健全な節約精神と危険な「もったいない病」との境界線はどこにあるのでしょうか。その違いは「未来への視点」があるかどうかにあります。「これはまだ使えるから取っておこう」。そう考える時その「いつか」は本当にやって来るのでしょうか。健全な節約精神はその物の再利用計画が具体的です。例えば「この空き瓶は来週作るジャムを入れるために取っておく」というように。しかし危険な「もったいない病」はただ漠然と「何かに使えるかもしれないから」という理由だけで物を溜め込んでいきます。そこには未来への具体的な計画はなくただ物を「手放すことへの恐怖」と「現状維持への執着」があるだけです。この思考は特に戦争や貧困を経験した世代の方々に根強く見られることがあります。物がなかった時代の苦しい経験が「物を捨てること=悪」という強固な価値観を形成しているのです。またスーパーの試供品や街で配られるポケットティッシュなど無料の物を必要ないのに、もらわずにはいられないというのもこの心理の表れです。無料というだけでそれを手に入れないことは「損だ」と感じてしまうのです。しかしその結果家の中は使われることのない大量の「無料のガラクタ」で埋め尽くされていきます。「もったいない」という気持ちは本来物を活かすためのポジティブな心です。しかしその心が物の管理能力を超え生活空間を圧迫し始めた時、それはもはや美徳ではなくあなたの生活を蝕む「病」となっているのかもしれません。その物に本当に未来の出番はあるのか。自分の心の声に一度問いかけてみることがゴミ屋敷への道を避けるための大切な一歩となります。