ゴミ屋敷問題の本質が住人のセルフネグレクトにある場合、法が強制的にゴミを取り除くだけでは、いわゆる「モグラ叩き」のような再発を繰り返すことになります。法が真に機能するためには、個人の自由を尊重しつつも、自滅的な生活を送る人をどう「強制的に保護」できるかという難問に答えなければなりません。現在、この役割を担う法的制度の一つが「成年後見制度」です。しかし、この制度は本人の判断能力が著しく低下していることが要件であり、単に「片付けができない」というだけでは利用できません。また、本人の同意なしに利用するには家庭裁判所の厳しい審査が必要です。もう一つの枠組みは「老人福祉法」や「障害者総合支援法」に基づく行政措置ですが、これらも本人の意思が最優先されるため、本人が「放っておいてくれ」と拒絶すれば、行政はそれ以上介入できないという「拒否権の壁」に突き当たります。ここに法の限界があります。法は個人の自己決定権を尊重するあまり、自分を壊していく自由まで認めてしまっているのではないか、という批判です。この問題を解決するために、いくつかの自治体では条例の中に「福祉的なアウトリーチ(積極的訪問)」と「居住支援」を法的な責務として明文化しています。これは、法が「禁止」や「命令」を出すだけでなく、生活を立て直すための「契約」を本人と結ぶプロセスを重視するものです。例えば、ゴミを片付ける代わりに、その後は定期的に訪問介護を入れる、金銭管理を支援するといった包括的なケアです。法は本来、社会の中で個人がより良く生きるためのルールですが、セルフネグレクトという「死に至る病」に対しては、これまでの「権利と義務」という枠組みだけでは対応しきれなくなっています。法が「慈愛」の側面を持ち、強制的にでも生命を守るための新しい介入基準を策定することが、これからの時代に求められています。個人の自由を侵害することへの恐怖と、人命を見捨てることへの恐怖。法はこの二つの恐怖の間で、常に新しい正解を探し続けているのです。
セルフネグレクトとゴミ屋敷化を防止するための保護制度と法の限界