ゴミ屋敷の隣人が、行政を待たずに自ら裁判所に訴える「差し止め請求」は、理論的には強力な解決策です。人格権(平穏生活権)に基づき、自分の生活環境を破壊する悪臭やゴミの放置を止めるよう求める訴訟です。この訴訟で勝訴し、裁判所から「ゴミを撤去せよ」という代替的作為義務を命じる判決を得ることができれば、民事執行法に基づき「授権決定」を得て、執行官とともに強制的にゴミを片付けることが可能になります。これは行政代執行と似ていますが、民間人が主導で行える点が特徴です。しかし、民事訴訟にはいくつかの大きな欠点があります。第一に、時間と費用です。訴訟を提起してから判決が出るまでには、半年から一年以上の時間がかかります。弁護士費用も数十万円から百万円単位で必要になり、これを被害者が負担しなければなりません。第二に、立証の困難さです。裁判所を納得させるためには、受忍限度を超えていることを客観的な数値や証拠で示さなければなりませんが、悪臭や精神的苦痛の数値化は容易ではありません。第三に、被告(ゴミ屋敷の主)の態度です。裁判に出席しなかったり、判決を無視したりする相手に対しては、結局は強制執行という高いハードルを越えなければなりません。さらに、ゴミを片付けたとしても、その費用を被告から回収できる保証はありません。結局、被害者が「自分の金で隣のゴミを片付ける」という不条理な結果に終わることも多いのです。こうした民事訴訟の限界が、多くの被害者を絶望させ、行政への依存度を高める原因となっています。しかし、最近では「仮処分」という手続きを用いて、本裁判を待たずに緊急的にゴミを一部撤去させるなど、スピード感を重視した法運用も模索されています。法は、権利を侵害された者に救済の道を用意していますが、その道は険しく、個人の力だけで歩むには限界があるのが実情です。法制度全体として、民事と行政の役割分担をどう整理し、被害者の負担をどう軽減していくかが、今後の重要な法的課題となっています。