汚部屋の人であることは、精神的・肉体的な負担だけでなく、経済的にも莫大な損失を垂れ流している状態であることを自覚しなければなりません。モノに支配された生活は、信じられないほどの「無駄金」を生み出します。まず最も顕著なのは、重複買いです。汚部屋の人は、自分が何を持っているかを把握できないため、必要なときに必要なモノが見つからず、結局新しく買い直すという行為を日常的に繰り返します。予備の電池、文房具、調味料、さらには同じような服や靴。これらがゴミの山の下に埋もれている一方で、新しいモノに代金が支払われるという不条理が続いています。また、期限切れの食品を捨てることによる損失も無視できません。さらに深刻なのは、空間コストです。都心などの賃貸物件であれば、一平方メートルあたりの家賃を考えれば、ゴミを置くために毎月数万円を支払っているようなものです。汚部屋の人は、本来自分が快適に過ごすためのスペースを、価値のない不用品に「家賃を払って貸し出している」状態にあります。これは資産運用とは正反対の、純粋な損失です。また、時間という機会費用も奪われています。探し物をするために費やす時間、モノを避けて移動するためにかかる手間、不衛生な環境で作業効率が落ちることによる損失。これらを時給換算すれば、一生の間に数千万円単位の損失が出ていると言っても過言ではありません。さらに、ゴミ屋敷化が進んで強制退去や原状回復を求められた場合、その費用は数百万円単位で一気にのしかかります。汚部屋の人は、目先の「捨てる痛み」を避けるあまり、将来の巨大な経済的破滅を呼び寄せているのです。清掃業者に支払う費用を「高い」と感じて躊躇する汚部屋の人も多いですが、その費用を支払うことで将来の損失を食い止め、無駄な買い物をゼロにし、快適な空間で生産的な活動ができるようになることを考えれば、それは最もリターンの高い投資になります。経済的な自由と部屋の整理は密接に連動しており、管理可能なモノの量に絞ることは、自分の家計を救い、自由な人生を買い戻すことに他なりません。汚部屋の人は、ゴミを捨てられないのではなく、自分の富をゴミの中に捨てているのです。